ここ数年で劇的に進んだ製造業のDX。調達、生産、物流、販売はもちろん、間接業務に至るまで、あらゆる工程でDXが進んでいます。コロナ禍が、その進捗スピードをいやが上にも早めたとも言えます。今回は、製造業DXの現在地と未来予想図をご紹介します。
製造業の課題を解決する「製造業DX」とは
まずは、製造業において、DXがなぜ求められるのか、どんなシーンで活用が想定され、またはすでに実現されているのかについて見ていきたいと思います。
製造業DXとは
前提として、DXとは「デジタル技術を活用して、製品・サービス・ビジネスモデル・プロセス等を変革し、競争優位を確立すること(経済産業省 DX推進ガイドライン)」を言います。製造業に特化して言えば、製造工程で利用されている製造装置や監視・制御装置などのデジタル化や、工程計画や物流までもをデジタル技術で管理することです。つまり、製造業におけるデジタルモデルの変革と言えます。(※1)
なぜ製造業にDXが求められるのか
製造業DXが推進されている背景には、業界が抱えているいくつかの課題に言及する必要がありそうです。
課題1:不確実性への対応
コロナやロシア・ウクライナ問題など、現代のビジネスシーンにおける不確実性は常態化しています。これらの予測は難しいため、変化の兆しを捉えてすぐに適応することが求められます。ここで必要なのが、「ダイナミック・ケイパビリティ(*1)」であり、DXこそがそのカギを握ると期待されています。(※2)
(*1)ダイナミック・ケイパビリティ環境や状況が激しく変化する中で、企業が、その変化に対応して自己を変革する能力のこと。企業変革力。(「ものづくり白書)」/経済産業省)
課題2:人手不足・属人化
製造業の就業者数は、約20年間で157万人も減少、同期間で全産業に占める製造業の就業者割合は3.4ポイント低下しました。さらに、若年就業者が年々減少すると同時に、高齢就業者が増加、このままでは日本の製造業は衰退の一途をたどってしまいかねません。もし、DXで自動化できる工程が増えれば、たとえ就業者数が減っても、作業効率の向上や生産性を維持することができます。(※3)
また、属人化、ブラックボックス化しやすいシステム・作業についても、DXの力で共有化することが可能になれば、生産工程が標準化し、生産活動は継続することができるでしょう。
課題3:レガシーシステム問題
製造業における「2025年の壁」という言葉をご存知でしょうか。これは、2018年に経済産業省が発表した「DXレポート」の中で強調されていることで、今稼働している既存システム(旧世代の基幹系システム)が、老朽化・複雑化・ブラックボックス化することで生じる諸問題、いわゆるレガシーシステム問題です。(※4)
これまで莫大な予算と工数をかけながら維持してきたシステムを、急に見切りをつけてパッケージシステムに乗り換えるなど、経営陣としてもなかなか判断はつかないものです。また、製造業が要求する機能レベルの高さに、パッケージシステムのデフォルトの機能が追いつかないといった課題もあるでしょう。
しかしながら、グローバル規模の企業競争力を目指すなら、DXの力を借りるより他ないということは明らかです。
課題4:メンテナンスコスト
製造業において、商品や付随するサービスの不良品やトラブルにかかる業務負担は少なくありません。先に述べたように、就業者数の減少は進んでおり、この部分をDXが担うことで、安定的な運用が可能になるでしょう。AIで不良品を見分けたり、カスタマー対応をデジタル化するなど、カスタマーに近い部分でのDXは、比較的推進しやすいかもしれません。
このように、製造業におけるいくつかの課題を解決し、生産性向上と付加価値創出することが、競争力確保のために必須であり、そのためにDX推進が進められようとしているのです。
製造業DXの実践事例<大企業編>
では、実際に製造業DXが実践されている事例を、まずは大企業の取り組みについてご紹介します。
■データサイエンスを用いた生産工程の変革/コニカミノルタ(※5)
コニカミノルタでは、製造現場における自動化やICTの適用に、データサイエンスや汎用ロボットを活用しています。これまでに培ってきた圧倒的な現場力に、デジタルマニュファクチュアリング(デジタルを取り入れたモノづくり)を組み合わせることで、新たなモノづくりを確立させています。
DXの推進は、現場の技術者だけでなく、データサイエンティストと「生産DX推進リーダー」の「三位一体体制」で行われているのもコニカミノルタ独自のスタイルです。この内容は、全社で標準化・共有されており、これまでに約50の事例を創出しています。(※6)
■AIを活用した製品検査自動化やコロナ禍における遠隔新工場立ち上げ/旭化成(※7)
旭化成では、2019年から中長期計画として「Cs+ for Tomorrow 2021」を推進。DX推進を事業高度化のためのアクションの一つに掲げ、デジタルプロフェッショナル人材の育成ならびに研究開発・生産・品質管理・設備保全・営業・マーケティング・事業戦略・新事業創出など、幅広い範囲においてDXの取り組みを進めてきました。この成果が評価され、「DX銘柄2021」および「DX銘柄2022」(*2)に2年連続で選定されました。
2020年のコロナ禍においては、いち早くこれまでのDX推進の成果を発揮。スマートグラスなどを活用し、海外生産拠点と日本のマザー工場を遠隔でつなぎ、新工場の立ち上げおよび運転の支援を実施しました。
2021年以降は、新たなビジネスモデル創出の取り組み例として、「マテリアル領域」「住宅領域」「ヘルスケア領域」の3つからなる事業領域で多くの成果をあげています。具体例には、たとえば「マテリアル領域」に置いては、AIや統計解析による素材の研究・開発を効率化するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)の活用を推進。すでに、短期間で革新的な素材の開発につながる成果を多数あげています。
(*2)「DX銘柄」
DX銘柄とは、東京証券取引所に上場している企業の中から、企業価値の向上につながるDXを推進するための仕組みを社内に構築し、優れたデジタル活用の実績が表れているとして選定された企業。
■遠隔保守サービスでトラブル復旧の工数削減と運用保守の働き方改革を実現/ヤマハ発動機
ヤマハ発動機株式会社では、産業用機械の開発・販売を行う事業部で遠隔保守サービスを導入しています。導入以前は、装置トラブルが起きた際、電話やメール、写真などの貼付ファイルを利用して情報を交換しながら状況等を把握し、原因の特定を進めていたため、ミスコミュニケーションも起こりやすく、トラブル原因の特定から復旧まで多大な時間を要していました。しかし、遠隔保守サービスで装置に直接アクセスし、画面共有しながらのリアルタイムなコミュニケーションが実現したことで、原因特定も復旧も迅速化。サービスエンジニアとクライアント双方の満足度向上に貢献しました。
ヤマハ発動機株式会社では当社のスプラッシュトップエンタープライズが採用されました。詳しい内容はこちらをご覧ください。
https://www.splashtop.co.jp/iot/article/img/SPLASHTOP01.pdf人材育成が急務?製造業DXの進化の展望。守りから攻めのDXへ
先述のように、製造業DXは急速に進化する一方で、課題もあります。その筆頭が、AI・ビッグデータ・IoTの実装、産業構造変革を牽引するデジタル人材育成と言えるでしょう。(※8)
求められるスキルは、エンジニアやデータサイエンティストだけでなく、サービス設計やプロジェクト管理など多岐に渡ります。自社に必要なDXの形と、その実現に必要な人材について、組織で検討していく必要がありそうです。
製造業に立ちはだかる「2025年の壁」は実に脅威で、DX推進が進まないと、2025年以降の5年間で最大で年間12兆円の経済損失が出ると試算されています。(※4)
ペーパーレスなど、目先の業務のデジタル化にとどまってしまって、全社をあげた本格的なDX化に踏み出せてない企業もまだ多いのが現実です。
これからの製造業は、ただ製品を製造・販売するのではなく、製品をサービスとして顧客に提供する、いわゆるサービタイゼーションが不可欠だと言われています。グローバル規模での企業競争力を目指すならば、DXによる生産性向上や省人化・コスト削減だけでなく、顧客への新たな付加価値創出を生むDXへと、視野も広げていく必要があるのではないでしょうか。守りのDXから攻めのDXへ。新たな時代を切り開く製造業DXに注目していきたいと思います。
今回は、大企業の製造業DXの事例をご紹介しましたが、次回は中小企業の取り組みについてご紹介してまいります。